なぜ私の名前が「横けん@毎週150万円馬券勝負男」なのか?
今日は、この名前に込めた意味について話します。
「先生」や「専門家」と名乗らない理由
他のYouTubeやX(Twitter)で活躍しているインフルエンサー的な人の名前をみると、「〇〇先生」とか「〇〇〇〇の専門家」だとか、そういう立派な肩書きの人が結構いるとおもうんですけど……
私の場合は、あえて『横けん@毎週150万円馬券勝負男』という名前でやっております。
netkeibaの予想家としては、名前が長すぎるので「横けん」だけですが、YouTubeの私のチャンネルと、Xでは、あえてこの名前にしています。
こういう名前でやっている意味としては、私の中で確固たる考えがあるからです。
見解とかごたくを並べるのは二の次。
まずは自分の馬券と買い目で、自分の予想の正当性を証明していくのが筋だろう。
この信念を反映させて、今の名前で活動しています。
競馬予想に必要なのは「痛み」である
私、以前は地方競馬のYouTubeのコメント欄によく出没していたんですが……
はっきりいって、どこの誰かもよくわからない人間が、競馬新聞のトラックマンみたいな見解を長々と書いて投稿しているのが、本当にうっとおしくてしょうがなかったですね、見ていて。
やっぱり、競馬予想に必要なのは「痛み」だと私は思いますよ。
偉そうに論理的な見解だけを言って、自分をブランディングしたい人が本当に多いんです。
なんでしょう、「文章力で俺はすごいんだぞ」「競馬のことを知っているんだぞ」とマウントを取りつつ……
- 実際には馬券は買っていない
- もしくは買っているけど、買っていることは隠しておく
- そして、当たった時だけ「はい、当たりました!」と報告する
そういう人が、本当に多いんですよね。
「買っていること」の方が、論理より大事
私はそういう人間が大嫌いなんですよ。
まー、私が嫌悪しすぎなのかもしれないですけどね(笑)
私だって「こりゃ洞察が深いな」っていう文章を書こうと思ったらいくらでも書けますよ。
ただ、見解だけいっぱしなのって、それってどうなのかなって思っちゃうんですよね。
だから、
見解も大事だし、論理は大事、ノウハウは大事。
だけど、「買っていること」の方がもっと大事。
そういう意味を込めて、『横けん@毎週150万円馬券勝負男』としているんですね。
まー、もしかしたら、「〇〇先生」とか「〇〇〇〇の専門家」とかにしておいた方が、みんなに尊敬を集める人間に今頃なっていたかもしれませんけどね(笑)



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